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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めながら共謀を認めずに無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用の誤りはないとされた事例

平成25年4月16日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めながら共謀を認めずに無罪とした第1審判決には事実誤認があるとした原判決は,被告人が,犯罪組織関係者から日本に入国して輸入貨物を受け取ることを依頼され,その中に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながらこれを引き受けたという本件事実関係の下では,特段の事情がない限り,覚せい剤輸入の故意だけでなく共謀をも認定するのが相当である旨を具体的に述べた上,本件では,特段の事情がなく,むしろ共謀を裏付ける事情があるとしており,第1審判決の事実認定が経験則に照らして不合理であることを具体的に示したものということができ,刑訴法382条の解釈適用の誤りはない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/198/083198_hanrei.pdf

 

所論に鑑み,職権で判断する。

 1 事案の概要
 本件犯罪事実の要旨は,「被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,覚せい剤を日本国内に輸入しようと計画し,氏名不詳者において,平成22年9月,メキシコ国内の国際貨物会社の営業所において,覚せい剤を隠匿した段ボール箱2箱(「本件貨物」)を航空貨物として,東京都内の上記会社の保税蔵置場留め被告人宛てに発送し,航空機に積み込ませ,成田空港に到着させた上,機外に搬出させて覚せい剤合計約5967.99g(「本件覚せい剤」)を日本国内に持ち込み,さらに,上記保税蔵置場に到着させ,東京税関検査場における税関職員の検査を受けさせたが,税関職員により本件覚せい剤を発見されたため,本件貨物を受け取ることができなかった。」というもので,覚せい剤取締法違反(覚せい剤営利目的輸入罪)及び関税法違反(禁制品輸入未遂罪)の2つの罪に当たる。

被告人は,本件貨物の日本への発送に先立ってメキシコから日本に入国し,本件貨物が到着した旨の連絡を受けて上記会社の営業所に出向き,警察によって本件覚せい剤を無害な物と入れ替えられた段ボール箱2箱(「本件貨物」)を引き取ってホテルに戻って開封したところを,令状による警察官の捜索を受け,本件貨物を発見されて逮捕された。

 2 審理の経過

被告人は,第1審及び原審の公判において,犯罪組織関係者から脅されて日本に渡航して貨物を受け取るように指示され,貨物の中身が覚せい剤であるかもしれないと思いながら,航空券,2000米ドル等を提供されて来日し,本件貨物を受け取った旨供述したが,覚せい剤輸入の故意及び共謀はないと主張した。

(1) 第1審判決
裁判員の参加する合議体で審理された第1審判決は,以下のとおり判示して,覚せい剤輸入の故意は認められるが共謀は認められないとして無罪の言渡しをした(検察官の求刑は,懲役15年及び罰金800万円,覚せい剤の没収であった。)。
 すなわち,被告人が,来日に際して犯罪組織関係者から資金提供を受けていること,来日前後に犯罪組織関係者と電子メール等で連絡を取り合い来日後に犯罪組織関係者と思われる人物らと接触していたことなどの検察官の主張に係る事実全体を総合して考えても,故意及び共謀を推認させるには足りない。ただし,被告人は,公判廷で,「メキシコにおいて,犯罪組織関係者に脅され,日本に行って貨物を受け取るように指示された際,貨物の中身は覚せい剤かもしれないと思った。」旨供述し,覚せい剤である可能性を認識していたと自白しており,この自白は自然で信用できるから,覚せい剤輸入の故意は認められる。しかしながら,被告人の供述その他の証拠の内容にも,被告人と共犯者の意思の連絡を推認させる点は見当たらず,両者が共同して覚せい剤を輸入するという意思を通じ合っていたことが常識に照らして間違いないとはいえないから,共謀についてはなお疑いを残すというほかない。
 これに対し,検察官が控訴した。

(2) 原判決
 原判決は,第1審判決の事実認定に関し,覚せい剤輸入の故意を認定しながら,覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付ける客観的事情等を適切に考察することなく,共謀の成立を否定したのは,経験則に照らし,明らかに不合理であり,事実誤認があるとして第1審判決を破棄して自判し,被告人を懲役12年及び罰金600万円に処し,覚せい剤を没収した。
 これに対し,被告人が上告した。

 3 当裁判所の判断

所論は,事実誤認を理由に第1審判決を破棄して自判した原判決には刑訴法382条の解釈適用の誤り及び事実誤認があるという。

(1) 同条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当であり,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である(最高裁平成24年2月13日第一小法廷判決)。

(2) この点,原判決は,本件において,次のとおり第1審判決の事実認定が不合理であることを示している。

ア まず,「被告人が覚せい剤輸入の故意を持つに至ったのは,犯罪組織関係者から日本へ行って貨物を受け取るように依頼をされ,犯罪組織が覚せい剤を輸入しようとしているのかもしれないなどとその意図を察知しながら,その依頼を引き受けたからにほかならない。そうであるとすると,被告人は,特段の事情がない限り,犯罪組織関係者と暗黙のうちに意思を通じたものであって,共謀が成立したと認めるべきではないかと思われる。」旨本件における故意と共謀の認定の関係を説明する。

イ 次に,関係証拠によって認定できる事実を踏まえ,以下のとおり説示している。

すなわち,本件では,被告人は,本件貨物の受取に関し,犯罪組織関係者の費用負担により日本に渡航し,連絡用のパソコン,航空券,2000米ドルを受け取っており,覚せい剤の可能性の認識について自認する被告人の公判供述にも照らすと,被告人は,犯罪組織関係者の覚せい剤輸入の意図を察知しながら,本件貨物の受取の依頼を引き受けたものと認められ,犯罪組織関係者は,被告人が意図を察知することを予測し得る状況で依頼をしており,両者の間に覚せい剤輸入につき暗黙の了解があったと推認できる。

さらに,来日前後に犯罪組織関係者と連絡を取り合っていること,応答要領を準備して貨物会社に連絡を入れるなどしていること,犯罪組織関係者から本件貨物の内容物の形状について伝えられ,来日後に購入したノートに記載したとみられること,犯罪組織関係者の了解の下で覚せい剤の入っていた本件貨物を開封したとみられることなどの客観的事情は,被告人と犯罪組織関係者との間に相当程度の信頼関係があったことを示し,覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付けるものである。

ウ そして,結論として,「第1審判決が覚せい剤輸入の故意が認められるとした点は結論において正当といえるが,上記のような客観的事情等があるにもかかわらず,これらを適切に考察することなく被告人と犯罪組織関係者との共謀を否定した点は,経験則に照らし,明らかに不合理であり,是認することができない。」と判示した。

(3) そこで検討するに,原判決は,本件においては,被告人と犯罪組織関係者との間の貨物受取の依頼及び引受けの状況に関する事実が,覚せい剤輸入の故意及び共謀を相当程度推認させるものであり,被告人の公判供述にも照らすと,被告人は,犯罪組織が覚せい剤を輸入しようとしているかもしれないとの認識を持ち,犯罪組織の意図を察知したものといえると評価し,被告人の公判廷における自白に基づいて覚せい剤の可能性の認識を認めた第1審判決の認定を結論において是認する。

他方,覚せい剤の可能性についての被告人の認識,貨物の受取の依頼及び引受けの各事実が認められるにもかかわらず,第1審判決が,覚せい剤輸入の故意を認定しながら,客観的事情等を適切に考察することなく共謀の成立を否定した点を経験則に照らし不合理であると指摘している。

被告人が犯罪組織関係者の指示を受けて日本に入国し,覚せい剤が隠匿された輸入貨物を受け取ったという本件において,被告人は,輸入貨物に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながら,犯罪組織関係者から輸入貨物の受取を依頼され,これを引き受け,覚せい剤輸入における重要な行為をして,これに加担することになったということができるのであるから,犯罪組織関係者と共同して覚せい剤を輸入するという意思を暗黙のうちに通じ合っていたものと推認されるのであって,特段の事情がない限り,覚せい剤輸入の故意だけでなく共謀をも認定するのが相当である。

原判決は,これと同旨を具体的に述べて暗黙の了解を推認した上,本件においては,上記の趣旨での特段の事情が認められず,むしろ覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付けるような両者の信頼関係に係る事情がみられるにもかかわらず,第1審判決が共謀の成立を否定したのは不合理であると判断したもので,その判断は正当として是認できる。

(4) 以上によれば,原判決は,第1審判決の事実認定が経験則に照らして不合理であることを具体的に示して事実誤認があると判断したものといえるから,原判決に刑訴法382条の解釈適用の誤りはなく,原判決の認定に事実誤認はない。
 よって,同法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫,同大谷剛彦,同寺田逸郎の各補足意見がある。 

"The term 'original judgment' refers to the judgment of the High Court. In this case, the original judgment found that the facts regarding the request and acceptance of goods between the defendant and members of a criminal organization substantially suggest the intention and conspiracy to import stimulants. In light of the defendant's testimony during the trial, it was assessed that the defendant was aware that the criminal organization might be trying to import stimulants and had perceived the organization's intentions. The first instance judgment, based on the defendant's confession in court, acknowledged the defendant's recognition of the possibility of stimulants.

On the other hand, despite acknowledging the defendant's awareness of the possibility of stimulants and the facts of the request and acceptance of the goods, the first instance judgment, while recognizing the intention to import stimulants, unreasonably denied the establishment of a conspiracy without properly considering objective circumstances, as pointed out based on empirical rules.

The defendant, following instructions from members of the criminal organization, entered Japan and received imported goods in which stimulants were concealed. The defendant, while recognizing the possibility that stimulants were concealed in the imported goods, accepted the request from members of the criminal organization to receive the goods, played a significant role in the import of stimulants, and thus became complicit. It can be inferred that they implicitly understood each other's intention to import stimulants in collaboration with members of the criminal organization. Unless there are special circumstances, it is appropriate to recognize not only the intention to import stimulants but also the conspiracy.

The original judgment, while concretely stating the same and inferring an implicit understanding, determined that in this case, no special circumstances as mentioned above were recognized. On the contrary, despite the presence of circumstances related to the mutual trust between the two parties that support the implicit understanding regarding the import of stimulants, the first instance judgment's denial of the establishment of a conspiracy was unreasonable. This judgment can be rightfully acknowledged as valid."

弁護士中山知行

 

 

 ある議案を否決する株主総会等の決議の取消しを請求する訴えの適否

平成28年3月4日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
 ある議案を否決する株主総会等の決議の取消しを請求する訴えは不適法である。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/725/085725_hanrei.pdf

 

1 本件は,被上告人の株主である上告人らが,被上告人に対し,平成26年5月26日に開催された被上告人の臨時株主総会における上告人らを取締役から解任する旨の議案を否決する株主総会決議(「本件否決決議」)について,会社法831条1項1号に基づき,その取消しを請求する事案である。本件否決決議の取消しを請求する本件訴えが適法であるか否かが争われている。

2 所論は,本件否決決議が取り消されれば,別途上告人らに対して提起されている会社法854条所定の役員の解任の訴えが不適法として却下されることとなるから,本件訴えは適法であるというのである。

会社法は,会社の組織に関する訴えについての諸規定を置き(同法828条以下),瑕疵のある株主総会等の決議についても,その決議の日から3箇月以内に限って訴えをもって取消しを請求できる旨規定して法律関係の早期安定を図り(同法831条),併せて,当該訴えにおける被告,認容判決の効力が及ぶ者の範囲,判決の効力等も規定している(同法834条から839条まで)。このような規定は,株主総会等の決議によって,新たな法律関係が生ずることを前提とするものである。

しかるところ,一般に,ある議案を否決する株主総会等の決議によって新たな法律関係が生ずることはないし,当該決議を取り消すことによって新たな法律関係が生ずるものでもないから,ある議案を否決する株主総会等の決議の取消しを請求する訴えは不適法であると解するのが相当である。このことは,当該議案が役員を解任する旨のものであった場合でも異なるものではない。

4 以上によれば,本件否決決議の取消しを請求する本件訴えは不適法であって,これを却下した原判決は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

"The Company Law provides various provisions concerning lawsuits related to the organization of a company (Article 828 and subsequent of the same law). It also stipulates that resolutions of shareholders' meetings with defects can be requested for cancellation by lawsuit only within three months from the date of the resolution, aiming for the early stabilization of legal relations (Article 831 of the same law). In addition, it also defines the range of defendants in the said lawsuit, the effect of a judgment of acceptance, and the effect of a judgment (from Article 834 to Article 839 of the same law). Such provisions are based on the premise that a new legal relationship arises due to the resolution of the shareholders' meeting.

However, in general, a new legal relationship does not arise from a resolution of a shareholders' meeting, etc., that rejects a certain proposal, nor does a new legal relationship arise by canceling the said resolution. Therefore, it is appropriate to understand that a lawsuit requesting the cancellation of a resolution of a shareholders' meeting, etc., that rejects a certain proposal is illegal. This is no different even if the said proposal was to dismiss an officer."

弁護士中山知行

検索事業者に対し,自己のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋を検索結果から削除することを求めることができる場合

平成29年1月31日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
利用者の求めに応じてインターネット上のウェブサイトを検索し,ウェブサイトを識別するための符号であるURLを検索結果として当該利用者に提供する事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋を検索結果の一部として提供する行為の違法性の有無について,当該事実の性質及び内容,当該URL等が提供されることによって当該事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断し,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,上記の者は,上記事業者に対し,当該URL等を検索結果から削除することを求めることができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/482/086482_hanrei.pdf

 

1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。

(1) 抗告人は,児童買春をしたとの被疑事実に基づき,平成26年法律第79号による改正前の児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の容疑で平成23年11月に逮捕され,同年12月に同法違反の罪により罰金刑に処せられた。抗告人が上記容疑で逮捕された事実(「本件事実」)は逮捕当日に報道され,その内容の全部又は一部がインターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。

(2) 相手方は,利用者の求めに応じてインターネット上のウェブサイトを検索し,ウェブサイトを識別するための符号であるURLを検索結果として当該利用者に提供することを業として行う者(「検索事業者」)である。
相手方から上記のとおり検索結果の提供を受ける利用者が,抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件として検索すると,当該利用者に対し,原々決定の引用する仮処分決定別紙検索結果一覧記載のウェブサイトにつき,URL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋(「URL等情報」)が提供されるが,この中には,本件事実等が書き込まれたウェブサイトのURL等情報(「本件検索結果」)が含まれる。

2 本件は,抗告人が,相手方に対し,人格権ないし人格的利益に基づき,本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案である。

3(1) 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきである(最高裁昭和56年4月14日第三小法廷判決,最高裁平成6年2月8日第三小法廷判決,最高裁平成14年9月24日第三小法廷判決,最高裁平成15年3月14日第二小法廷判決,最高裁平成15年9月12日第二小法廷判決)。

他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。

また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。

そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。

以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。

(2) これを本件についてみると,抗告人は,本件検索結果に含まれるURLで識別されるウェブサイトに本件事実の全部又は一部を含む記事等が掲載されているとして本件検索結果の削除を求めているところ,児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。

以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。

4 抗告人の申立てを却下した原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。 

Court Summary
When a service provider searches for websites on the internet in response to a user's request and provides the user with a URL, which is a code to identify the website, as a search result, the legality of the act of providing, in response to a search request based on certain conditions about an individual, a URL of a website that contains an article or the like that includes facts belonging to that individual's privacy, as well as the title and excerpt of the website, is determined by comparing and weighing various circumstances related to the nature and content of the fact, the extent to which the fact is conveyed by providing the URL, the specific degree of harm suffered by the individual, the individual's social status and influence, the purpose and significance of the article, the social situation at the time the article was published and subsequent changes, and the necessity of describing the fact in the article, against the legal interest of not disclosing the fact. If it is clear that the legal interest of not disclosing the fact is superior, the individual can request the service provider to remove the URL from the search results.

"When looking at this matter, the appellant is seeking the removal of the search results because articles containing all or part of the facts of this case are published on websites identified by the URLs included in the search results. While the fact that the appellant was arrested on suspicion of child prostitution is a matter of privacy that the appellant would not want to be known to others, child prostitution is positioned as sexual exploitation and sexual abuse of children. It is strongly condemned by society and is prohibited with penalties. Considering this, it can still be said to be a matter of public interest. Moreover, the search results in question are a part of the results when searching with the name of the prefecture where the appellant resides and the appellant's name as conditions. Therefore, the range in which the facts of this case are conveyed can be said to be somewhat limited.
Given the above circumstances, even considering the fact that the appellant lives with his wife and children, and after being fined, he has been working in a private company without committing a crime for a certain period, it cannot be clearly said that the legal interest of not having the facts of this case disclosed is superior."

 

弁護士中山知行

犯人の一時的な海外渡航と公訴時効停止の効力

平成21年10月20日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
犯人が国外にいる間は,それが一時的な海外渡航による場合であっても,公訴時効はその進行を停止する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/091/038091_hanrei.pdf

 

所論は,本件においては公訴時効が完成している旨主張するが,犯人が国外にいる間は,それが一時的な海外渡航による場合であっても,刑訴法255条1項により公訴時効はその進行を停止すると解されるから,被告人につき公訴時効は完成しておらず,これを前提とする原判決の判断に誤りはない。

 

The conclusion is that although it is argued in this case that the statute of limitations for prosecution has expired, when the offender is abroad, even if it is due to a temporary overseas trip, under Article 255, Paragraph 1 of the Code of Criminal Procedure, the progress of the statute of limitations for prosecution is deemed to be suspended. Therefore, the statute of limitations for prosecution has not expired for the defendant, and there is no error in the judgment of the original decision based on this premise.

 

弁護士中山知行

建築主と付近住民との紛争につき建築主に行政指導が行われていることのみを理由として建築確認申請に対する処分を留保することと国家賠償法1条1項所定の違法性

昭和60年7月16日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
建築主が、建築確認申請に係る建築物の建築計画をめぐつて生じた付近住民との紛争につき関係機関から話合いによつて解決するようにとの行政指導を受け、これに応じて住民と協議を始めた場合でも、その後、建築主事に対し右申請に対する処分が留保されたままでは行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して当該申請に対し直ちに応答すべきことを求めたときは、行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで右申請に対する処分を留保することは、国家賠償法1条1項所定の違法な行為となる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/658/052658_hanrei.pdf

 

建築基準法(「法」)六条三項及び四項によれば、建築主事は、同条一項所定の建築確認の申請書を受理した場合においては、その受理した日から二一日(ただし、同条一項四号に掲げる建築物に係るものについては七日)以内に、申請に係る建築物の計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法令の規定に適合するかどうかを審査し、適合すると認めたときは確認の通知を、適合しないと認めたときはその旨の通知(「確認処分」)を当該申請者に対して行わなければならないものと定められている。

このように、法が建築主事の行う確認処分について応答期限を設けた趣旨は、違法な建築物の出現を防止するために建築確認の制度を設け、建築主が一定の建築物を建築しようとする場合にはあらかじめその建築計画が関係法令の規定に適合するものであるかどうかについて建築主事の審査・確認を受けなければならず、確認を受けない建築物の建築又は大規模の修繕等の工事はすることができないこととし、その違反に対しては罰則をもつて臨むこととしたこと(法六条一項、五項、九九条一項二号、四号)の反面として、右確認申請に対する応答を迅速にすべきものとし、建築主に資金の調達や工事期間中の代替住居・営業場所の確保等の事前準備などの面で支障を生ぜしめることのないように配慮し、建築の自由との調和を図ろうとしたものと解される。

そして、建築主事が当該確認申請について行う確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当であるから、審査の結果、適合又は不適合の確認が得られ、法九三条所定の消防長等の同意も得られるなど処分要件を具備するに至つた場合には、建築主事としては速やかに確認処分を行う義務があるものといわなければならない。

しかしながら、建築主事の右義務は、いかなる場合にも例外を許さない絶対的な義務であるとまでは解することができないというべきであつて、建築主が確認処分の留保につき任意に同意をしているものと認められる場合のほか、必ずしも右の同意のあることが明確であるとはいえない場合であつても、諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるときは、その間確認申請に対する応答を留保することをもつて、確認処分を違法に遅滞するものということはできないというべきである。

ところで、建築確認申請に係る建築物の建築計画をめぐり建築主と付近住民との間に紛争が生じ、関係地方公共団体により建築主に対し、付近住民と話合いを行つて円満に紛争を解決するようにとの内容の行政指導が行われ、建築主において任意に右行政指導に応じて付近住民と協議をしている場合においても、そのことから常に当然に建築主が建築主事に対し確認処分を留保することについてまで任意に同意をしているものとみるのは相当でない。

しかしながら、普通地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその責務のひとつとしているのであり(地方自治法二条三項一号、七号)、また法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定める(一条)、としているところであるから、これらの規定の趣旨目的に照らせば、関係地方公共団体において、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると付近住民に対し少なからぬ日照阻害、風害等の被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画につき一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請に係る建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえないというべきである。

もつとも、右のような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない筋合のものであるといわなければならず、建築主が右のような行政指導に不協力・不服従の意思を表明している場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法であると解するのが相当である。

したがつて、いつたん行政指導に応じて建築主と付近住民との間に話合いによる紛争解決をめざして協議が始められた場合でも、右協議の進行状況及び四囲の客観的状況により、建築主において建築主事に対し、確認処分を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められるときには、他に前記特段の事情が存在するものと認められない限り、当該行政指導を理由に建築主に対し確認処分の留保の措置を受忍せしめることの許されないことは前述のとおりであるから、それ以後の右行政指導を理由とする確認処分の留保は、違法となるものといわなければならない。

そこで、以上の見地に立つて本件をみるに、原審の確定したところによれば、

(1) 被上告人(附帯上告人)は、昭和四七年一〇月二八日本件建築物に係る建築確認の申請をしたものであるところ、同年一二月、上告人(附帯被上告人)の紛争調整担当職員から、本件建築物の建築に反対する付近住民との話合いにより円満に紛争を解決するようにとの行政指導を受け、それ以降付近住民と十数回にわたり話合いを行い、右職員の助言等についても積極的かつ協力的に対応するとともに、上告人の適切な仲介等を期待していた、

(2) ところが、上告人は、翌昭和四八年二月一五日に、同年四月一九日実施予定の新高度地区案を発表し、右二月一五日以降の行政指導の方針として、右時点で既に確認申請をしている建築主に対しても新高度地区案に沿うべく設計変更を求める旨及び建築主と付近住民との紛争が解決しなければ確認処分を行わない旨を定め、上告人の担当職員は、同月二三日被上告人の代表社員甲に対し右方針を説明して設計変更による協力を依頼するとともに、付近住民との話合いを更に進めることを勧告した、

(3) 被上告人としては、それまで上告人の行政指導に応じて付近住民との話合いに努めてきたが、実質的な進捗をみるに至らなかつたうえ、新高度地区案が発表され、これを契機として前記のような行政指導を受けたので、このまま住民との話合いを進めても右新高度地区の実施前までに円満解決に至ることは期し難く、その解決がなければ確認処分を得られないとすれば、新高度地区制により確認申請に係る本件建築物について設計変更を余儀なくされ、多大の損害を被るおそれがあるとの判断のもとに、もはや確認処分の留保を背景として付近住民との話合いを勧める上告人の行政指導には服さないこととし、同年三月一日受付をもつて東京都建築審査会に「本件確認申請に対してすみやかに何らかの作為をせよ」との趣旨の審査請求の申立をした、というのであり、原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。

右事実関係によれば、被上告人が昭和四八年三月一日の時点で行つた前記審査請求の申立は、これによつて建築主事に対し、もはやこれ以上確認処分を留保されたままでの行政指導には協力できないとして直ちに確認処分をすべきことを求めた真摯かつ明確な意思の表明と認めるのが相当である。

また、被上告人はそれまで上告人の紛争調整担当職員による行政指導に対し積極的かつ協力的に対応していたというのであつて、この間に当該行政指導の目的とする付近住民との話合いによる紛争の解決に至らなかつたことをひとり被上告人の責に帰することはできないのみならず、同年二月下旬には本件建築確認の申請から三か月以上も後に発表された新高度地区案にそうよう設計変更による協力を求める行政指導をも受けるに至り、しかも右新高度地区の実施日が一か月余に迫つていたことからすれば、被上告人が右三月一日の時点で、右審査請求という手段により、もはやこれ以上確認処分を留保されたままでの行政指導には協力できないとの意思を表明したことについて不当とすべき点があるということはできず、他に被上告人の意思に反してもなお確認処分の留保を受忍させることを相当とする特段の事情があるものとも認められないというべきである。

そして、上告人の紛争調整担当職員及び建築主事においては、それまでの行政指導の経過、右審査請求の内容及び被上告人がかかる方途に出た時期等を冷静に検討、判断するならば、右審査請求の申立が被上告人の一時の感情に出たものとか住民との交渉上の駆引きとしたとかいうようなものではなく、真摯に確認申請に対する応答を求めていることを知つたか、又は容易にこれを知ることができたものというべきである。したがつて、右審査請求が提起された昭和四八年三月一日以降の行政指導を理由とする確認処分の留保は違法というべきであり、これについては建築主事にも少なくとも過失の責があることを免れないものといわなければならない。
 してみると、本件において昭和四八年三月一日以降の確認処分の遅滞につき上告人に国家賠償法に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。 

 

Summary of the Court Ruling:
Even if a property developer, after receiving administrative guidance from relevant agencies to resolve disputes with nearby residents arising from the architectural plans related to building confirmation applications through discussions, initiates consultations with the residents, it is deemed improper by social standards and against the notion of justice unless there are special circumstances, if the developer subsequently earnestly and clearly expresses the intent that they cannot cooperate with the administrative guidance as long as the disposition regarding the aforementioned application remains reserved, and demands an immediate response to the said application. Merely reserving a disposition for the application solely on the grounds that administrative guidance is being provided constitutes an illegal act as stipulated in Article 1, Paragraph 1 of the State Compensation Law.

 

弁護士中山知行

隣接居宅の日照通風を妨害する建物建築につき不法行為の成立が認められた事例

 昭和47年6月27日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
居宅の日照、通風は、快適で健康な生活に必要な生活利益であつて、法的な保護の対象にならないものではなく、南側隣家の二階増築が、北側居宅の日照、通風を妨げた場合において、右増築が、建物基準法に違反するばかりでなく、東京都知事の工事施行停止命令などを無視して強行されたものであり、他方、被害者においては、住宅地域内にありながら日照、通風をいちじるしく妨げられ、その受けた損害が、社会生活上一般的に忍容するのを相当とする程度を越えるものであるなど判示の事情があるときは、右二階増築の行為は、社会観念上妥当な権利行使としての範囲を逸脱し、不法行為の責任を生ぜしめるものと解すべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/918/051918_hanrei.pdf

 

 上告代理人の上告理由第一ないし第七について。
 原判決は、上告人がした原判示の二階増築行為が、被上告人の住宅の日照、通風を違法に妨害したとして、不法行為の成立を認め、上告人に対し、これによつて生じた損害の賠償を命じている。
思うに、居宅の日照、通風は、快適で健康な生活に必要な生活利益であり、それが他人の土地の上方空間を横切つてもたらされるものであつても、法的な保護の対象にならないものではなく、加害者が権利の濫用にわたる行為により日照、通風を妨害したような場合には、被害者のために、不法行為に基づく損害賠償の請求を認めるのが相当である。もとより、所論のように、日照、通風の妨害は、従来与えられていた日光や風を妨害者の土地利用の結果さえぎつたという消極的な性質のものであるから、騒音、煤煙、臭気等の放散、流入による積極的な生活妨害とはその性質を異にするものである。しかし、日照、通風の妨害も、土地の利用権者がその利用地に建物を建築してみずから日照、通風を享受する反面において、従来、隣人が享受していた日照、通風をさえぎるものであつて、土地利用権の行使が隣人に生活妨害を与えるという点においては、騒音の放散等と大差がなく、被害者の保護に差異を認める理由はないというべきである。

本件において、原審は、挙示の証拠により、上告人の家屋の二階増築部分が被上告人居住の家屋および庭への日照をいちじるしくさえぎることになつたこと、その程度は、原判示のように、右家屋の居室内および庭面への日照が、季節により若干の変化はあるが、朝夕の一時期を除いては、おおむね遮断されるに至つたほか、右増築前に比較すると、右家屋への南方からの通風も悪くなつた旨認定したうえ、かようにも日中ほとんど日光が居宅に差さなくなつたことは、被上告人の日常万般に種々影響を及ぼしたであろうことは容易に推認することができると判示している。

ところで、南側家屋の建築が北側家屋の日照、通風を妨げた場合は、もとより、それだけでただちに不法行為が成立するものではない。

しかし、すべて権利の行使は、その態様ないし結果において、社会観念上妥当と認められる範囲内でのみこれをなすことを要するのであつて、権利者の行為が社会的妥当性を欠き、これによつて生じた損害が、社会生活上一般的に被害者において忍容するを相当とする程度を越えたと認められるときは、その権利の行使は、社会観念上妥当な範囲を逸脱したものというべく、いわゆる権利の濫用にわたるものであつて、違法性を帯び「不法行為の責任を生ぜしめるものといわなければならない。

本件においては、原判決によれば、上告人のした本件二階増築行為は、その判示のように建築基準法に違反したのみならず、上告人は、東京都知事から工事施行停止命令や違反建築物の除却命令が発せられたにもかかわらず、これを無視して建築工事を強行し、その結果、少なくとも上告人の過失により、前述のように被上告人の居宅の日照、通風を妨害するに至つたのであり、一方、被上告人としては、上告人の増築が建築基準法の基準内であるかぎりにおいて、かつ、建築主事の確認手続を経ることにより、通常一定範囲の日照、通風を期待することができ、その範囲の日照、通風が被上告人に保障される結果となるわけであつたにかかわらず、上告人の本件二階増築行為により、住宅地域にありながら、日照、通風を大巾に奪われて不快な生活を余儀なくされ、これを回避するため、ついに他に転居するのやむなきに至つたというのである。

したがつて、上告人の本件建築基準法違反がただちに被上告人に対し違法なものとなるといえないが、上告人の前示行為は、社会観念上妥当な権利行使としての範囲を逸脱し、権利の濫用として違法性を帯びるに至つたものと解するのが相当である。かくて、上告人は、不法行為の責任を免れず、被上告人に対し、よつて生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。
上告人に右損害賠償の義務を認めた原判決は正当であり、論旨は、採用することができない。 

Judgment Summary

Sunlight and ventilation in a residence are essential benefits for a comfortable and healthy life and are not exempt from legal protection. When an addition to the second floor of the south-side neighboring house obstructs the sunlight and ventilation of the house to the north, not only does this addition violate the Building Standards Law, but it is also forcefully carried out, ignoring orders such as the construction suspension directive from the Governor of Tokyo. On the other hand, when the victim, despite being in a residential area, is significantly obstructed from sunlight and ventilation, and the damages suffered exceed the extent deemed acceptable in normal societal living, it is evident that the act of adding to the second floor deviates from the bounds of socially accepted rightful exercise. Such an act should be recognized as leading to liability for tort.

弁護士中山知行

弁論更新手続上のかしが補正されたものと認められた事例

 昭和51年6月29日最高裁判所第三小法廷判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/824/066824_hanrei.pdf

 

記録によると、本件第一審の第四回口頭弁論から第八回口頭弁論までの間審理を担当した裁判官のもとでは弁論更新の手続を欠いているが、次いで更迭した裁判官のもとにおいて第一〇回口頭弁論期日(昭和四四年六月二一日)に、最後に更迭した裁判官のもとにおいて第三六回口頭弁論期日(昭和四八年九月八日)にそれぞれ原被告双方の代理人によつて従前の口頭弁論の結果が陳述されたうえ、いずれも更に審理が遂げられ、裁判官が口頭弁論を終結し、判決を言い渡したものであることが認められる。そして、かような場合に、右訴訟の経過により前記訴訟手続上のかしが補正されたものと解すべきことは、当裁判所の判例(昭和三七年四月二〇日第二小法廷判決、昭和四一年二月二四日第一小法廷判決)とするところである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 

According to the record, the judge who was in charge of the proceedings from the fourth oral argument to the eighth oral argument in the first trial of this case did not have the procedure for renewing the oral arguments. However, under the next replaced judge, during the tenth oral argument session on June 21, 1969 (Showa 44), and under the last replaced judge, during the thirty-sixth oral argument session on September 8, 1973 (Showa 48), the results of the previous oral arguments were presented by the representatives of both the plaintiff and the defendant. In each case, further proceedings were conducted, the judge concluded the oral arguments, and a judgment was rendered. It is acknowledged that in such cases, the procedural defect in the course of this lawsuit should be interpreted as having been corrected based on the progress of this lawsuit, and this is the precedent of our court.

弁護士中山知行

共同不法行為の加害者の各使用者間における求償権の成立する範囲

 平成3年10月25日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
1 共同不法行為の加害者の各使用者が使用者責任を負う場合において、一方の加害者の使用者は、当該加害者の過失割合に従って定められる自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、他方の加害者の使用者に対し、当該加害者の過失割合に従って定められる負担部分の限度で、求償することができる。
2 加害者の複数の使用者が使用者責任を負う場合において、各使用者の負担部分は、加害者の加害行為の態様及びこれと各使用者の事業の執行との関連性の程度各使用者の指揮監督の強弱などを考慮して定められる責任の割合に従って定めるべきである。
3 加害者の複数の使用者が使用者責任を負う場合において、使用者の一方は、自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、使用者の他方に対し、その負担部分の限度で、求償することができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/750/052750_hanrei.pdf

 

 一 原審(その引用する第一審判決を含む。)の確定したところによれば、

(一) 本件事故は、昭和五四年一月二九日午後四時一二分ころ、D石産株式会社E工場
の集じんダクト配管工事現場において、クレーン車(「本件車両」)で鋼管をつり上げて移動中、鋼管が均衡を失して着地し、ワイヤーロープから抜け落ちて倒れ、近くで作業中のFの背面に激突して生じたものである、

(二) 本件事故は、本件車両を運転していたG(「G」)及び本件車両で鋼管をつり上げるための玉掛け作業を行っていたH(「H」)の過失に原因するものであるから、G及びHは、それぞれ民法七〇九条による損害賠償責任がある、

(三) 上告人は、D石産株式会社から請け負った前記集じんダクト配管工事を行うため、被上告人から本件車両を賃借し、また、これを運転していたGを指揮監督するほか、上告人から当該工事を下請けしたI工業株式会社(「I工業」)の代表者として前記玉掛け作業を行っていたHを指揮監督していた者であるから、本件車両の運行供用者として、かつ、G及びHの使用者として、自動車損害賠償保障法(「自賠法」)三条及び民法七一五条一項による損害賠償責任がある、

(四) 被上告人は、上告人に本件車両を賃貸し、また、その運転手として従業員のGを派遣していた者であるから、本件車両の運行供用者として、かつ、Gの使用者として、自賠法三条及び民法七一五条一項による損害賠償責任がある、

(五) I工業は、その代表者であるHが同社の職務を行うについて引き起こした本件事
故につき、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項による損害賠償責任がある、というのである。

 二 原審は、本件事故について前記のとおり損害賠償責任を負うG、H、上告人、被上告人及びI工業のうち、自己の出捐の下にその負担部分を超えて損害賠償義務を履行した者は、他の損害賠償義務者に求償することができるとした上、この場合における負担部分は、損害賠償義務者間の求償問題を一挙に解決するため、右の全員について個別的に定めるのが相当であるとして、各自の負担部分をGにつき一割、H及びI工業につき連帯して三割、上告人につき三割、被上告人につき三割と定め、被上告人の上告人に対する本件請求を右の負担部分の限度で一部認容した第一審判決を正当と判断して、上告人の控訴を棄却している。

 三 しかしながら、被上告人の上告人に対する本件請求は、本件事故の加害者であるGの使用者及びGが運転していた本件車両の運行供用者として損害賠償義務を負う被上告人が、被害者の損害を賠償したことを原因として、同じくGの使用者及び本件車両の運行供用者として、かつ、Gと共同して本件事故を引き起こしたHの使用者として損害賠償義務を負う上告人に求償するものであって、このような場合において、G、H、上告人、被上告人及びI工業の負担部分をその全員について個別的に定めた上、自己の負担部分を超えて損害を賠償した被上告人は、上告人に対し、その負担部分の限度で求償し得るものとした原審の前記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

 1 複数の加害者の共同不法行為につき、各加害者を指揮監督する使用者がそれぞれ損害賠償責任を負う場合においては、一方の加害者の使用者と他方の加害者の使用者との間の責任の内部的な分担の公平を図るため、求償が認められるべきであるが、その求償の前提となる各使用者の責任の割合は、それぞれが指揮監督する各加害者の過失割合に従って定めるべきものであって、一方の加害者の使用者は、当該加害者の過失割合に従って定められる自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、他方の加害者の使用者に対し、当該加害者の過失割合に従って定められる負担部分の限度で、右の全額を求償することができるものと解するのが相当である。けだし、使用者は、その指揮監督する被用者と一体をなすものとして、被用者と同じ内容の責任を負うべきところ(最高裁昭和六三年七月一日第二小法廷判決)、この理は、右の使用者相互間の求償についても妥当するからである。

 2 また、一方の加害者を指揮監督する複数の使用者がそれぞれ損害賠償責任を負う場合においても、各使用者間の責任の内部的な分担の公平を図るため、求償が認められるべきであるが、その求償の前提となる各使用者の責任の割合は、被用者である加害者の加害行為の態様及びこれと各使用者の事業の執行との関連性の程度、加害者に対する各使用者の指揮監督の強弱などを考慮して定めるべきものであって、使用者の一方は、当該加害者の前記過失割合に従って定められる負担部分のうち、右の責任の割合に従って定められる自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、使用者の他方に対して右の責任の割合に従って定められる負担部分の限度で求償することができるものと解するのが相当である。この場合において、使用者は、被用者に求償することも可能であるが、その求償し得る部分の有無・割合は使用者と被用者との間の内部関係によって決せられるべきものであるから(最高裁昭和五一年七月八日第一小法廷判決)、使用者の一方から他方に対する求償に当たって、これを考慮すべきものではない。

 3 また、複数の者が同一の事故車両の運行供用者としてそれぞれ自賠法三条による損害賠償責任を負う場合においても、右と同様に解し得るものであって、当該事故の態様、各運行供用者の事故車両に対する運行支配、運行利益の程度などを考慮して、運行供用者相互間における責任の割合を定めるのが相当である。

 4 これを本件についてみるに、被上告人の上告人に対する請求の当否を判断するに当たっては、まず、GとHとの過失割合に従って両者の負担部分を定め、Hの使用者としての上告人の負担部分を確定し、次いで、Gの加害行為の態様及びこれと上告人及び被上告人の各事業の執行との関連性の程度、Gに対する上告人及び被上告人の指揮監督の強弱、本件車両に対する上告人及び被上告人の運行支配、運行利益の程度などを考慮して、Gの負担部分につき、その使用者及び本件車両の運行供用者としての上告人及び被上告人の負担部分を確定する必要があったものというべきである。

 5 以上と異なる原審の前記判断は、損害賠償義務者相互間の求償に関する法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならず、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、以上説示したところに従い更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。 

Summary of the Judgement:

  1. In cases where the users of joint tortfeasors bear user liability, if one user of a tortfeasor compensates damage exceeding their portion of liability determined by the tortfeasor's proportion of negligence, they can claim reimbursement for the excess part from the other user of the tortfeasor, up to the liability determined by that tortfeasor's proportion of negligence.
  2. In cases where multiple users of a tortfeasor bear user liability, each user's portion of liability should be determined considering factors such as the manner of the tortfeasor's wrongful act, the degree of association between this and the execution of each user's business, and the strength or weakness of each user's supervision and control.
  3. In cases where multiple users of a tortfeasor bear user liability, if one user compensates damage exceeding their own portion of liability, they can claim reimbursement for the excess part from the other user, up to that user's portion of liability.
  4. 弁護士中山知行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市が獣医師に飼犬又は飼猫の不妊手術を受けさせた市民にその手術料の一部に相当する金員を補助金として交付するに当たり獣医師を獣医師会支部に所属する者に限定した措置が国家賠償法上違法であるとはいえないとされた事例

 平成7年11月7日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
市が、獣医師に飼犬又は飼猫の不妊手術を受けさせた市民である飼主にその手術料の一部に相当する金員を補助金として交付するに当たり、その獣医師を獣医師会支部に所属する者に限定した措置は、その趣旨が、犬猫の不妊手術を奨励して野犬や野良猫の発生を防止することにあり、不妊手術を受けさせた飼主や不妊手術をする獣医師を保護するためではないこと、獣医師会は任意加入の公益社団法人であり、それに加入してその各種制約の下に営業するか、加入しないで営業するかは、基本的には各獣医師個人の自由意思にゆだねられていることなど判示の事実関係の下では、直ちに同支部に所属しない獣医師の営業上の利益を侵害するものとして国家賠償法上違法になるとはいえない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/120/076120_hanrei.pdf

 

本件は、被上告人が、野犬及び野良猫の発生を防止するための施策の一つとして、本件要綱によって、獣医師に飼犬、飼猫の不妊手術を受けさせた町田市民である飼主にその手術料の一部に相当する金員を補助金として交付するに当たり、その獣医師をD獣医師会町田支部に所属する獣医師に限定したところ、上告人らが、右の措置は町田市内に診療施設を有しながら同支部に所属しない上告人ら獣医師を不当に差別するもので、その営業の自由を侵害する違憲・違法なものであるなどとして、被上告人に対し、国家賠償法一条に基づいて慰謝料と遅延損害金の支払を求めるものである。

原審の適法に確定した事実関係の下において、同支部の規模、同支部に加入していない獣医師の数、右補助金交付の手続等に照らすと、右の措置は、被上告人における行政効率の点で必ずしもその必要性が高いとはいえず、右の獣医師と競業関係に立つ上告人らの営業上の利益に対する十分な配慮をした形跡がない点において、その手続面も含めて、行政上の措置として適切であったとはいい難いうらみがある。

しかしながら、右補助金を交付する趣旨は犬猫の不妊手術を奨励して野犬や野良猫の発生を防止することにあり、不妊手術を受けさせた飼主や不妊手術をする獣医師を保護するためではなく、また被上告人の右措置によって同支部に所属しない獣医師に生じ得る営業上の不利益は直接的なものではなく、これに所属する獣医師との競業関係による波及的な効果である。

そして、獣医師会は任意加入の公益社団法人であり、これに加入して会費を納入するとともに獣医師会の各種制約の下に営業するか、加入しないで営業するかは、基本的には各獣医師個人の自由意思に委ねられているものである(上告人らにおいて、同支部への加入が不当に制限されているため同支部に所属する獣医師と同様の利益を受けることができないというのであれば、獣医師会との間でその点を問題にすべきである。)。

これらの点を考慮すると、本件要綱によって同支部に所属しない獣医師に飼犬、飼猫の不妊手術を受けさせた飼主を補助金交付の対象から除外したことが、直ちに上告人らを含む右の獣医師の営業上の利益を侵害するとして国家賠償法上違法になるとは認め難いというべきである。

原審の判断は、以上と同趣旨をいうものとして是認し得ないではなく、その過程にも所論の違法は認められず、右違法を前提とする所論違憲の主張は失当である。

 

Summary of the Judgment
When the city provides a subsidy equivalent to a portion of the surgical fee to pet owners who have had their dogs or cats undergo sterilization procedures by veterinarians, the measure that restricts eligible veterinarians to those belonging to the Veterinary Association branch is based on the purpose of promoting sterilization of dogs and cats to prevent the emergence of stray dogs and cats. It's not for the protection of pet owners who get the sterilization or the veterinarians who perform the procedure. Since the Veterinary Association is a voluntary membership public interest incorporated association, whether to join it and operate under its various restrictions, or not to join and operate, is fundamentally left to the free will of each individual veterinarian. Given these facts, it cannot be said that this measure immediately infringes upon the business interests of veterinarians who do not belong to the said branch, making it illegal under the State Compensation Law.

 

弁護士中山知行

契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任が認められた事例

 昭和59年9月18日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
マンシヨンの購入希望者において、その売却予定者と売買交渉に入り、その交渉過程で歯科医院とするためのスペースについて注文を出したり、レイアウト図を交付するなどしたうえ、電気容量の不足を指摘し、売却予定者が容量増加のための設計変更及び施工をすることを容認しながら、交渉開始六か月後に自らの都合により契約を結ぶに至らなかつたなど原判示のような事情があるときは、購入希望者は、当該契約の準備段階における信義則上の注意義務に違反したものとして、売却予定者が右設計変更及び施工をしたために被つた損害を賠償する責任を負う。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/062928_hanrei.pdf

 

主    文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理    由
 上告代理人の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の契約準備段階におけ
る信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任を肯定した原審の判断は、是
認することができ、また、上告人及び被上告人双方の過失割合を各五割とした原審
の判断に所論の違法があるとはいえない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づ
き原判決を論難するか、又は原審の裁量に属する過失割合の判断の不当をいうもの
にすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。 

 

Summary of the Court Decision
When a potential buyer of an apartment is in negotiations with the intended seller, and in the course of those negotiations makes requests regarding space to be used for a dental clinic, submits layout plans, points out a lack of electrical capacity, and allows the seller to make design modifications and construction to increase the capacity, but does not finalize the contract due to their own circumstances six months after the start of negotiations, as indicated in the original judgement, the potential buyer is in breach of their duty of care under the principle of good faith during the preparatory stage of the contract. Therefore, they are liable to compensate the intended seller for the damages incurred due to the design changes and construction.

 

弁護士中山知行

民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」の意義   いわゆる災害調査復命書のうち行政内部の意思形成過程に関する情報に係る部分は民訴法220条4号ロ所定の文書に該当するが労働基準監督官等の調査担当者が職務上知ることができた事業者にとっての私的な情報に係る部分は同号ロ所定の文書に該当しないとされた事例

平成17年10月14日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
1 民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」には,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれる。
2 民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要である。
3 労働災害が発生した際に労働基準監督官等の調査担当者が労働災害の発生原因を究明し同種災害の再発防止策等を策定するために調査結果等を踏まえた所見を取りまとめて作成した災害調査復命書に,(1)当該調査担当者が事業者や労働者らから聴取した内容,事業者から提供を受けた関係資料,当該事業場内での計測,見分等に基づいて推測,評価,分析した事項という当該調査担当者が職務上知ることができた当該事業者にとっての私的な情報のほか,(2)再発防止策,行政指導の措置内容についての当該調査担当者の意見,署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されていること,(1)の情報に係る部分の中には,上記聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしている部分はなく,当該調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があることなど判示の事情の下においては,上記災害調査復命書のうち,(2)の情報に係る部分は民訴法220条4号ロ所定の文書に該当しないとはいえないが,(1)の情報に係る部分は同号ロ所定の文書に該当しない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/435/052435_hanrei.pdf

 

抗告代理人の抗告理由について
 1 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。

 (1) 本件の本案事件は,抗告人らが,有限会社D製作所(「被告会社」)に対し,被告会社に工員として勤務していた抗告人らの子が被告会社の工場である本件事業場において就業中に本件労災事故に遭って死亡したとして,安全配慮義務違反等に基づいて損害賠償を求める事件である。被告会社は,十分な労働安全対策を講じていたなどと主張して,抗告人らの請求を争っている。

 (2) 抗告人らは,本案事件において,本件労災事故に係る調査の概要,調査報告書作成の有無等について,金沢労働基準監督署に対する調査嘱託の申立てをした。
そして,金沢労働基準監督署長は,調査嘱託に対する回答書において,災害調査の概要,事業場から改善の報告を受けている事項を回答するとともに,本件労災事故につき「災害調査復命書」を作成しており,その記載内容(要旨)は同回答書に災害調査の概要として記載したとおりである旨の回答をした。

 (3) 抗告人らは,本件労災事故の事実関係を具体的に明らかにするためには,上記回答書の原資料の提出が必要であるとして,民訴法220条3号又は4号に基づき,相手方に対し,本件労災事故の災害調査復命書である原々決定別紙文書目録記載の文書(「本件文書」)につき,文書提出命令の申立てをした。

相手方は,本件文書を提出しなければならないとすると,労働安全衛生関係法令の履行確保を図るという行政事務,労働災害の発生原因を調査し同種の労働災害の再発防止策を検討するのに必要な情報を収集するという労働災害調査に係る事務の適正かつ円滑な実施が困難になるとして,本件文書は民訴法220条4号ロ所定の「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当し,これを提出すべき義務を負わないと主張した。

 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 災害調査復命書は,特定の労働災害が発生した場合に,労働基準監督官,産業安全専門官等の調査担当者が,労働安全衛生法の規定に基づいて,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査し,又は作業環境測定を行うなどし(同法91条,94条),また,関係者の任意の協力を得たりして,労働災害の発生原因を究明し,同種災害の再発防止策等を策定するために,調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ,労働基準監督署長に対し,その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出されるものである。労働基準監督署長は,これを基に労働災害の発生した事業場等に対する再発防止のための行政指導や行政処分等の内容を判断し,また,その写しを都道府県労働局を通じて厚生労働省に送付している。そして,都道府県労働局や厚生労働省においては,これらを集約して再発防止のための通達を発出したり法令改正等を行うなど,災害調査復命書を各種の施策を検討するための基礎資料として活用している。

 (2) 本件文書は,石川労働局所属の労働基準監督官2名(「本件調査担当者」)が,本件事業場における2回の調査を含め,2か月間にわたり調査した結果を取りまとめたものであり,上記(1)の目的で,本件調査担当者から金沢労働基準監督署長に対する復命書として作成されたものである。その記載項目は,「事業場の名称,所在地,代表者名及び安全衛生管理体制,労働災害発生地,発生年月日時,被災者の職・氏名,年齢」,「災害発生状況」,「災害発生原因及び災害防止のために講ずべき対策等」等である。 

 本件調査担当者は,本件労災事故の発生したその日のうちに本件事業場に立ち入り,労働者甲の協力の下,本件労災事故の発生状況について概括的な供述を聴取するとともに,関係書類の提出を受け,本件労災事故の現場の計測と写真撮影を行い,現場に残されていた物件を見分するなどし,また,その5日後,本件事業場の2階事務所において,被告会社の代表取締役E並びに労働者乙及び丙から,本件労災事故発生時の状況の説明,関係資料の提出とその説明を受けた。
 本件文書の記載事項のうち,「事業場の名称,所在地,代表者名及び安全衛生管理体制,労働災害発生地,発生年月日時,被災者の職・氏名,年齢」は,主に,上記代表取締役及び上記労働者らから聴取した内容に基づいて記載され,「災害発生状況」は,上記聴取内容のほか,被告会社から提出を受けた関係資料,本件事業場における計測,見分等を基に,本件調査担当者が推測,評価等を加えた結果が記載され,「災害発生原因」は,上記聴取内容,関係資料,見分等を基に,本件調査担当者が推測,分析した結果が記載されている。もっとも,本件文書には,上記聴取内容がそのまま記載されたり,引用されたりしている部分はなく,本件調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されている。また,本件文書には,他に,再発防止策,行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見,その他の参考事項も記載されている。

 (3) 上記労働者らは,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示している。

 3 原々審は,本件申立てを認容したが,原審は,次のとおり説示して,原々決定を取り消し,本件申立てを却下した。

 (1) 本件文書の記載内容が「公務員の職務上の秘密」に当たるというためには,単に非公知の事項であるというだけでなく,実質的にも秘密として保護するに値すると認められることが必要であり,また,「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」というためには,それが公開されることにより公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在しなければならないと解される。

 (2) 本件文書には,本件事業場の安全衛生管理体制,本件労災事故の発生状況,発生原因等について,事業者及び労働者らからの聴取内容等の関係証拠に基づき,本件調査担当者の証拠評価や所見に至る思考過程,再発防止策,行政指導の措置内容に対する意見,署長判決等が記載されており,それ自体は性質上外部への公表を予定していない文書と認められる。本件文書のような災害調査復命書が民事訴訟の証拠として使用され,その記載内容や調査担当者の評価等が争われることになれば,調査担当者において以後記載する内容や表現を簡素化したり,意見にわたる部分の記載を控えたりするなどの影響を受けざるを得ず,上記2(1)の目的のための率直な意見の記載が妨げられたり意思決定の中立性が損なわれるおそれが高いと認められる。また,一般に,労働者や下請業者等の関係者が労働災害に関する情報を提供した場合に,情報提供の事実や提供した情報の内容が容易に公開されることになると,関係者の中には,情報提供により不利益を被った事業者から報復されることを恐れて,災害調査の場面において調査担当者の事情聴取に対し不十分な情報提供しか行わないといった対応をするおそれも否定できないところ,本件文書の作成に当たって情報の提供をした労働者甲,乙及び丙は,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示しているのであるから,その公開によって調査担当者との信頼関係が損なわれ,ひいては同種災害調査における事業場の安全管理体制や災害発生原因の特定に関し極めて重要である関係者からの聴取に支障を来すおそれがあることも認められる。

 (3) 以上によれば,本件文書は,非公知かつ実質的に秘密として保護するに値する内容が記載された公務員の職務上の秘密に関する文書で,その公開により労働災害の発生原因の究明や同種災害の再発防止策の策定等に著しい支障を来すおそれがあり,公務の遂行に著しい支障を来すおそれが具体的に存在すると認められるから,相手方は本件文書の提出を拒むことができる。

 4 しかしながら,原審の上記(2),(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは,公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解すべきである(最高裁昭和52年12月19日第二小法廷決定,最高裁昭和53年5月31日第一小法廷決定)。そして,

【要旨1】上記「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが本案事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると解すべきである。

前記事実関係によれば,

(ア) 本件文書は,本件調査担当者が本件労災事故の発生原因を究明し,同種災害の再発防止策の策定等をするために調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ,金沢労働基準監督署長に対し,その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出された災害調査復命書であること,

(イ) 災害調査復命書は,労働基準監督署長が労働災害の発生した事業場等に対する再発防止のための行政指導や行政処分等の内容を判断するために利用されるほか,都道府県労働局や厚生労働省において,再発防止のための各種の施策を検討するための基礎資料として利用されていること,

(ウ) 本件文書には,①「事業場の名称,所在地,代表者名及び安全衛生管理体制,労働災害発生地,発生年月日時,被災者の職・氏名,年齢」,「災害発生状況」,「災害発生原因」について,本件調査担当者において,被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容,被告会社から提供を受けた関係資料,本件事業場内での計測,見分等に基づいて推測,評価,分析した事項が記載されているほか,②再発防止策,行政指導の措置内容についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等が記載されていること,

(エ) 上記労働者らは,いずれも,本件文書が本案事件において提出されることには同意しない旨の意思を示していることが認められる。

以上に照らせば,本件文書は,①本件調査担当者が職務上知ることができた本件事業場の安全管理体制,本件労災事故の発生状況,発生原因等の被告会社にとっての私的な情報(「①の情報」)と,②再発防止策,行政上の措置についての本件調査担当者の意見,署長判決及び意見等の行政内部の意思形成過程に関する情報(「②の情報」)が記載されているものであり,かつ,厚生労働省内において組織的に利用される内部文書であって,公表を予定していないものと認められる。そして,本件文書のうち,②の情報に係る部分は,公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであると認められ,また,①の情報に係る部分は,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密が記載されたものであるが,これが本案事件において提出されることにより,調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるから,①,②の情報に係る部分は,いずれも,民訴法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たるものと認められる。

 (2) 次に,【要旨2】民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべきである。

本件文書のうち,②の情報に係る部分は,上記のとおり,行政内部の意思形成過程に関する情報が記載されたものであり,その記載内容に照らして,これが本案事件において提出されると,行政の自由な意思決定が阻害され,公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在することが明らかである。しかしながら,①の情報に係る部分は,上記のとおり,これが本案事件において提出されると,関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるということができるものではあるが,

(ア) 本件文書には,被告会社の代表取締役や労働者らから聴取した内容がそのまま記載されたり,引用されたりしているわけではなく,本件調査担当者において,他の調査結果を総合し,その判断により上記聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されていること,

(イ) 調査担当者には,事業場に立ち入り,関係者に質問し,帳簿,書類その他の物件を検査するなどの権限があり(労働安全衛生法91条,94条),労働基準監督署長等には,事業者,労働者等に対し,必要な事項を報告させ,又は出頭を命ずる権限があり(同法100条),これらに応じない者は罰金に処せられることとされていること(同法120条4号,5号)などにかんがみると,①の情報に係る部分が本案事件において提出されても,関係者の信頼を著しく損なうことになるということはできないし,以後調査担当者が労働災害に関する調査を行うに当たって関係者の協力を得ることが著しく困難となるということもできない。また,上記部分の提出によって災害調査復命書の記載内容に実質的な影響が生ずるとは考えられない。

したがって,①の情報に係る部分が本案事件において提出されることによって公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に存在するということはできない。

【要旨3】そうすると,本件文書のうち,②の情報に係る部分は民訴法220条4号ロ所定の「その提出により(中略)公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当しないとはいえないが,①の情報に係る部分はこれに該当しないというべきであるから,本件文書のうち,②の情報に係る部分については同号に基づく提出義務が認められないが,①の情報に係る部分については上記提出義務が認められなければならない。

 (3) 以上によれば,本件文書について,①の情報に係る部分と②の情報に係る部分とを区別せず,その全体が民訴法220条4号ロ所定の文書に当たるとして相手方の提出義務を否定した原審の判断には裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,本件文書のうち①の情報に係る部分の特定等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。

Summary of the Ruling

The term "official duty secrets of public officials" as mentioned in Article 220, Paragraph 4, Subsection ロ of the Civil Litigation Act includes private secrets known to the public official in the course of performing their duties. This encompasses information that, if disclosed in the context of this case, would undermine the trust relationship with private individuals and hinder the impartial and smooth operation of public duties.

The phrase "by which the public interest is harmed, or the execution of public duties is significantly hindered" as mentioned in Article 220, Paragraph 4, Subsection ロ of the Civil Litigation Act does not merely refer to an abstract fear that the nature of the document will harm the public interest or significantly hinder the execution of public duties. It is necessary to concretely recognize the existence of such fear based on the contents of the document.

In the event of a work-related accident, when the labor standards inspector or other investigation officer investigates the cause of the accident and formulates measures to prevent similar accidents based on the investigation results, the accident investigation report contains:
(1) Content heard from employers and workers by the investigating officer, related materials provided by the employer, estimates, evaluations, and analyses based on measurements and inspections conducted at the business site – all of which are private information known to the investigating officer in the course of their duties.
(2) Opinions of the investigating officer on measures to prevent recurrence, administrative guidance measures, chief's judgment, and other internal administrative decision-making processes. The sections related to (1) do not directly quote or cite the content heard, but instead combine other investigation results and are based on the judgment of the investigating officer. The investigating officer has the authority to enter business premises, question relevant persons, and inspect ledgers, documents, and other articles. Given these circumstances, while the sections related to (2) in the aforementioned accident investigation report can be considered to fall under the documents specified in Article 220, Paragraph 4, Subsection ロ of the Civil Litigation Act, the sections related to (1) do not.

 

弁護士中山知行

土地を時効取得したと主張する者が,当該土地は所有者が不明であるから国庫に帰属していたとして,国に対し当該土地の所有権を有することの確認を求める訴えにつき,確認の利益を欠くとされた事例

平成23年6月3日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
表題部所有者の登記も所有権の登記もない土地を時効取得したと主張する者が,当該土地は所有者が不明であるから国庫に帰属していたとして,国に対し当該土地の所有権を有することの確認を求める訴えは,次の(1)〜(3)の事情の下では,確認の利益を欠く。

(1) 国は,当該土地が国の所有に属していないことを自認している。

(2) 国は,上記の者が主張する取得時効の起算点よりも前に当該土地の所有権を失った。

(3) 上記の者において,当該土地につき自己を表題部所有者とする登記の申請をした上で保存登記の申請をする手続を尽くしたにもかかわらず所有名義を取得することができなかったなどの事情もうかがわれない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/374/081374_hanrei.pdf

 

 1 本件は,原判決別紙物件目録記載の土地(「本件土地」)を時効取得したと主張する上告人が,本件土地は所有者が不明な土地であるから民法239条2項により国庫に帰属していたと解すべきであるなどとして,被上告人(国)に対し,上告人が本件土地の所有権を有することの確認を求める事案である。

被上告人は,本件土地は,過去において所有者が存在していたことが推認される民有地であって,国庫に帰属していたということはできないから,本件訴えは確認の利益を欠き不適法であると主張する。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,昭和30年5月26日に法人格を取得した宗教法人である。

 (2) 本件土地は,明治4年正月5日太政官布告第4号により官有地に区分され,次いで,明治7年11月7日太政官布告第120号により官有地第三種に区分された墳墓地であるが,その後,明治8年7月8日地租改正事務局議定「地所処分仮規則」に従い民有地に編入された。

 (3) 本件土地については,登記記録は作成されているが,表題部所有者の登記も所有権の登記もない。

 (4) 上告人は,法人格を取得した昭和30年5月26日から20年間本件土地を占有したことによりこれを時効取得したと主張して,被上告人に対し,平成19年12月14日送達の本件訴状により,取得時効を援用する旨の意思表示をした。

 3 所論は,本件土地は,表題部所有者の登記も所有権の登記もなく,従前の所有者が全く不明なのであるから,これを時効取得した上告人が現行登記制度の下で所有名義を取得するには本件訴えによるしかなく,本件土地は民法239条2項により国庫に帰属していたものと解して本件訴えの確認の利益を認めるべきであるのに,これを認めなかった原審の判断には,法令解釈の誤りがあるというのである。

 4 そこで検討すると,被上告人は,本件土地が被上告人の所有に属していないことを自認している上,前記事実関係によれば,被上告人は,本件土地が明治8年7月8日地租改正事務局議定「地所処分仮規則」に従い民有地に編入されたことにより,上告人が主張する取得時効の起算点よりも前にその所有権を失っていて,登記記録上も本件土地の表題部所有者でも所有権の登記名義人でもないというのであるから,本件土地の従前の所有者が不明であるとしても,民有地であることは変わらないのであって,上告人が被上告人に対して上告人が本件土地の所有権を有することの確認を求める利益があるとは認められない。

所論は,本件訴えの確認の利益が認められなければ,上告人がその所有名義を取得する手段がないという。しかし,表題部所有者の登記も所有権の登記もなく,所有者が不明な土地を時効取得した者は,自己が当該土地を時効取得したことを証する情報等を登記所に提供して自己を表題部所有者とする登記の申請をし(不動産登記法18条,27条3号,不動産登記令3条13号,別表4項),その表示に関する登記を得た上で,当該土地につき保存登記の申請をすることができるのである(不動産登記法74条1項1号,不動産登記令7条3項1号)。

本件においては,上告人において上記の手続を尽くしたにもかかわらず本件土地の所有名義を取得することができなかったなどの事情もうかがわれず,所論はその前提を欠くものというべきである。
 そうすると,本件訴えは確認の利益を欠き不適法であるといわざるを得ない。

 5 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

Summary of the Trial
A person who claims to have acquired land by prescription, where there are neither title registration nor ownership registration, argues that the land belonged to the national treasury because its owner was unknown. A lawsuit seeking confirmation of ownership of the land against the country lacks a benefit of confirmation under the following circumstances (1) to (3):

(1) The country acknowledges that the land does not belong to its ownership.
(2) The country lost the ownership of the land before the starting point of the prescriptive acquisition claimed by the aforementioned person.
(3) Despite having taken the necessary steps to apply for title registration and subsequent preservation registration for the land, the aforementioned person was unable to acquire ownership registration, and there is no evidence suggesting otherwise.

 

弁護士中山知行

違法な仮差押命令の申立てと債務者がその後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したと主張する得べかりし利益の損害との間に相当因果関係がないとされた事例

平成31年3月7日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
債権の仮差押命令の申立てが債務者に対する不法行為となる場合において,上記仮差押命令の申立ての後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったとしても,次の(1),(2)など判示の事情の下においては,上記不法行為と債務者がその後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したと主張する得べかりし利益の損害との間に相当因果関係があるということはできない。

(1) 債務者は,1年4箇月間に7回にわたり第三債務者との間で商品の売買取引を行ったが,両者の間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったことはうかがわれず,債務者において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったとはいえない。

(2) 上記仮差押命令の執行は,上記仮差押命令が第三債務者に送達された日の5日後に取り消され,その頃,第三債務者に対してその旨の通知がされており,第三債務者が債務者に新たな商品の発注を行わない理由として上記仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/472/088472_hanrei.pdf

 

上告代理人の上告受理申立て理由(ただし,排除された部分を除く。)について

1 本件本訴は,上告人が,被上告人に対し,売買契約に基づき代金2813万8940円及び遅延損害金の支払等を求めるものである。被上告人は,上告人による債権の仮差押命令の申立てが被上告人に対する不法行為に当たるとし,これによる損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして,上告人の本訴請求を争っている。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,各種印刷物の紙加工品製造等を目的とする株式会社である。
被上告人は,日用品雑貨の輸出入及び販売等を目的とする株式会社であり,平成22年から平成27年までの年間売上高が26億円から57億円程度であり,同年9月当時,現金,預金債権及び売掛金債権だけでも16億円余りの資産を有していた。

(2) 上告人は,被上告人に対し,印刷物等の売買契約に基づく代金等の支払を求める本件本訴を提起したところ,第1審判決は,平成28年1月,上告人の本訴請求を1310万1847円及び遅延損害金の限度で認容した(以下,第1審判決においてその請求が認容された売買代金債権(遅延損害金を含む。)を「本件売買代金債権」という。)。なお,上告人は,仮執行宣言の申立てをせず,第1審判決に仮執行宣言は付されなかった。

上告人及び被上告人は,いずれも第1審判決を不服として控訴した。

(3) 上告人は,平成28年4月18日,本件売買代金債権を被保全債権として,被上告人の取引先百貨店(「本件第三債務者」)に対する売買代金債権につき,被上告人を債務者とする仮差押命令の申立て(「本件仮差押申立て」)をし,同月22日,これに基づく債権仮差押命令(「本件仮差押命令」)が発令された。本件仮差押命令は,同月23日,本件第三債務者に送達された。

(4) 被上告人が本件仮差押命令において定められた仮差押解放金約1497万円を供託したため,平成28年4月28日,本件仮差押命令の執行を取り消す旨の決定がされ,その頃,本件第三債務者に対してその旨の通知がされた。

(5) 被上告人は,本件仮差押命令の取消しを求める保全異議の申立てをしたところ,平成28年7月,本件仮差押命令を保全の必要性がないとして取り消し,本件仮差押申立てを却下する旨の決定がされた。上告人は,上記決定を不服として保全抗告をしたが,同年10月,保全抗告を棄却する旨の決定がされた。

(6) 被上告人は,平成28年6月の原審口頭弁論期日において,上告人に対し,本件仮差押申立てが違法であることを理由とする不法行為による損害賠償債権(「本件損害賠償債権」)を自働債権とし,本件売買代金債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示(「本件相殺」)をした。
被上告人は,本件損害賠償債権に関して,本件仮差押申立てにより被上告人の信用が毀損されたとして,本件仮差押申立ての後に被上告人と本件第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失した被上告人の得べかりし利益(「本件逸失利益」)等の損害の発生を主張し,本件相殺を本訴請求についての抗弁とした。

(7) 被上告人は,複数の大手百貨店との間で取引を行っており,本件第三債務者との間でも,平成27年1月9日から平成28年4月27日までの間に7回にわたり本件第三債務者から発注を受けて商品を売却し,その売買代金総額は約5011万円(うち約2991万円は平成28年4月27日の売却に係るもの)であった。

3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件損害賠償債権の額を本件逸失利益等の損害合計1522万4244円とし,本件売買代金債権は本件相殺によりその一部が消滅したと認め,上告人の本訴請求を一部認容した。

(1) 本件仮差押申立ては,当初からその保全の必要性が存在しないため違法であり,被上告人に対する不法行為に当たる。

(2) 本件仮差押命令の発令当時,被上告人と本件第三債務者との取引期間は1年4箇月であり,被上告人におけるその他の大手百貨店との取引状況等をも併せ考慮すると,被上告人は,本件仮差押申立てがされなければ,本件第三債務者との取引によって少なくとも3年分の利益を取得することができた。そして,本件仮差押命令の送達を受けた本件第三債務者が,被上告人の信用状況に疑問を抱くなどして被上告人との間で新たな取引を行わないとの判断をすることは,十分に考えられ,上告人はこのことについて予見可能であったから,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間には相当因果関係がある。

4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

被上告人は,平成27年1月から平成28年4月までの1年4箇月間に7回にわたり本件第三債務者との間で商品の売買取引を行ったものの,被上告人と本件第三債務者との間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったとはうかがわれないし,被上告人の主張によれば,上記の期間,本件第三債務者の被上告人に対する取引の打診は頻繁にされてはいたが,これらの打診のうち実際の取引に至ったものは7件にとどまり,四,五箇月にわたり取引が行われなかったこともあったというのであって,被上告人において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったということはできない。

これらのことからすると,本件第三債務者が被上告人との間で新たな取引を行うか否かは,本件第三債務者の自由な意思に委ねられていたというべきであり,被上告人と本件第三債務者との間の取引期間等の原審が指摘する事情のみから直ちに,本件仮差押申立ての当時,被上告人がその後も本件第三債務者との間で従前と同様の取引を行って利益を取得することを具体的に期待できたとはいえない。

そして,金銭債権に対する仮差押命令及びその執行は,特段の事情がない限り,第三債務者が債務者との間で新たな取引を行うことを妨げるものではないし,本件仮差押命令の債務者である被上告人は,前記2(1)のとおりの売上高及び資産を有する会社であったところ,本件仮差押命令の執行は,本件仮差押命令が本件第三債務者に送達された日の5日後である平成28年4月28日には取り消され,その頃,本件第三債務者に対してその旨の通知がされており,本件第三債務者が被上告人に新たな商品の発注を行わない理由として本件仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない。

これらのことに照らせば,本件第三債務者において本件仮差押申立てにより被上告人の信用がある程度毀損されたと考えたとしても,このことをもって本件仮差押申立てによって本件逸失利益の損害が生じたものと断ずることはできない。

以上を総合すると,本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間に相当因果関係があるということはできない。

5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,別紙記載の部分は破棄を免れない。そして,本件逸失利益以外の本件仮差押申立てと相当因果関係のある損害の有無等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

Summary of the Court Ruling:
Even if a claim for a provisional attachment order constitutes a tort against the debtor, and even if no new transactions were made between the debtor and the third-party debtor after the application for the aforementioned provisional attachment order, under the circumstances stipulated in (1) and (2) below, it cannot be said that there is a causal relationship between the aforementioned tort and the lost potential profits the debtor claims to have lost due to the cessation of new transactions with the third-party debtor.

(1) The debtor conducted product sales transactions with the third-party debtor seven times over a period of 1 year and 4 months. However, there is no indication that there was an agreement between the two parties to continue such product sales transactions continuously, and it cannot be said that the debtor had any reason to expect that the product sales transactions between the parties would continue repetitively in the future.

(2) The execution of the aforementioned provisional attachment order was revoked five days after the provisional attachment order was delivered to the third-party debtor. Around that time, the third-party debtor was notified of this fact, and there is no indication that the third-party debtor specifically cited the execution of the provisional attachment order as a reason for not placing new product orders with the debtor.

 

 

弁護士中山知行

 

 

 交通事故の被害者の近親者が看護等のため被害者の許に往復した場合の旅費と通常損害

 昭和49年4月25日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
交通事故の被害者の近親者が看護等のため被害者の許に往復した場合の旅費は、その近親者において被害者の許に赴くことが、被害者の傷害の程度、近親者が看護にあたることの必要性等の諸般の事情からみて、社会通念上相当であり、かつ、被害者が近親者に対し旅費を返還又は償還すべきものと認められるときには、右往復に通常利用される交通機関の普通運賃の限度内においては、当該不法行為により通常生ずべき損害に該当するものと解すべきであり、このことは、近親者が外国に居住又は滞在している場合でも異ならない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/104/052104_hanrei.pdf

 

おもうに、交通事故等の不法行為によつて被害者が重傷を負つたため、被害者の現在地から遠隔の地に居住又は滞在している被害者の近親者が、被害者の看護等のために被害者の許に赴くことを余儀なくされ、それに要する旅費を出捐した場合、当該近親者において看護等のため被害者の許に赴くことが、被害者の傷害の程度、当該近親者が看護に当たることの必要性等の諸般の事情からみて社会通念上相当であり、被害者が近親者に対し右旅費を返還又は償還すべきものと認められるときには、右旅費は、近親者が被害者の許に往復するために通常利用される交通機関の普通運賃の限度内においては、当該不法行為により通常生ずべき損害に該当するものと解すべきである。

そして、国際交流が発達した今日、家族の一員が外国に赴いていることはしばしば見られる事態であり、また、日本にいるその家族の他の構成員が傷病のため看護を要する状態となつた場合、外国に滞在する者が、右の者の看護等のために一時帰国し、再び外国に赴くことも容易であるといえるから、前示の解釈は、被害者の近親者が外国に居住又は滞在している場合であつても妥当するものというべきである。

本件において、原審が適法に確定したところによれば、被上告人は、昭和四三年八月二六日本件交通事故により脳挫傷、左大腿挫創、腰部打撲傷の傷害を受け、直ちに外科病院に入院したが、当時は危篤状態で一週間にわたり意識が混濁した状況にあり、その後精神障害治療のため、同年一〇月五日から同年一一月二九日まで五六日間他の病院に転入院し、その後さらに同月三〇日から昭和四五年一〇月二一日までの間二七回にわたり病院に通院して治療を受けたというのであり、他方、被上告人の娘である訴外Dは、ウイーンに留学すべく昭和四三年八月二四日横浜からナホトカ経由で出発したが、途中モスクワに到着した際、本件交通事故の通知を受けたため同年九月六日急遽帰国し、翌七日から入院中の被上告人に付添つて看護し、昭和四四年四月改めてウイーンに赴いたが、その結果、被上告人がDのために調達した留学のための諸費用のうち横浜からナホトカ経由ウイーンまでの旅費一三万二二四四円が無駄となつたのみならず、被上告人はDが帰国のために要したモスクワからナホトカ経由横浜までの旅費八万四〇三四円(以下、両者を合わせて本件旅費という。)の支出を余儀なくされ、右合計二一万六二七八円の損害を被つたというのである。右事実関係のもとにおいては、Dが被上告人の看護のため一時帰国したことは社会通念上相当というべきであり、本件旅費は、被上告人がDに代つて又は同人に対して支払うべきものであるから、被上告人が被つた損害と認めるべきものであり(原審はこの趣旨を判示したものと解される。)、その額もウイーンに赴き又はモスクワから帰国するために通常利用される交通機関の普通運賃額を上廻るものでないことが明らかであるから、本件旅費は被上告人が本件交通事故により被つた通常生ずべき損害であるといわなければならない。したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。
 原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

"In cases where a victim has been seriously injured due to wrongful acts such as traffic accidents, and the victim's close relative, residing or staying in a distant location from the victim's current location, is compelled to travel to the victim's side for care and support, and incurs travel expenses as a result, if the decision for the close relative to travel to the victim for care is deemed socially reasonable considering the severity of the victim's injuries, the necessity of the relative providing care, and other relevant circumstances, and if it's recognized that the victim should reimburse or compensate the relative for these travel expenses, then these expenses should be considered as damages typically resulting from the wrongful act, up to the limit of the regular fare of the transportation method normally used for such round trips.

Furthermore, in today's age of advanced international exchanges, it's not uncommon for a family member to be residing or staying abroad. Also, if another family member in Japan requires care due to injury or illness, it can be said that it's relatively easy for the individual staying abroad to temporarily return to Japan for care and then travel back abroad. Therefore, the aforementioned interpretation should be deemed appropriate even if the victim's close relative is residing or staying in a foreign country."

弁護士中山知行

担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け,同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合における,当該債務者の相続人の民事執行法188条において準用する同法68条にいう「債務者」該当性

 令和3年6月21日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け,同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合,当該債務者の相続人は,民事執行法188条において準用する同法68条にいう「債務者」に当たらないので買受人になることが出来る。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/418/090418_hanrei.pdf

 

抗告代理人の抗告理由について

1 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。

横浜地方裁判所は,平成25年12月27日,Aが所有する原々決定別紙物件目録記載の土地建物につき,Aを債務者とする根抵当権の実行としての競売の開始決定をした(同裁判所同年(ケ)第1011号土地・建物担保競売事件。「本件競売事件」)。
Aは,平成26年6月18日,破産手続開始の決定を受け,同年9月18日,破産手続廃止の決定を受けた。Aは,同日,免責許可の決定を受け,同決定はその後確定した。

上記根抵当権の被担保債権は,上記免責許可の決定の効力を受けるものである。
Aは,平成27年2月23日に死亡し,その子である抗告人等がAを相続した。

執行官は,令和2年12月1日午前9時に開かれた本件競売事件の開札期日において,抗告人を最高価買受申出人と定めた。

執行裁判所は,令和2年12月21日,本件競売事件の債務者であったAの相続人である抗告人は上記土地建物を買い受ける資格を有せず,民事執行法(「法」)188条において準用する法71条2号に掲げる売却不許可事由があるとして,抗告人に対する売却不許可決定をした。この決定に対し,抗告人が執行抗告をした。

2 原審は,担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け,同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合であっても,当該債務者の相続人は法188条において準用する法68条にいう「債務者」に当たると判断し,上記の売却不許可事由があるとして,抗告人の執行抗告を棄却した。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

法188条において準用する法68条によれば,担保不動産競売において,債務者は買受けの申出をすることができないとされている。

これは,担保不動産競売において,債務者は,同競売の基礎となった担保権の被担保債権の全部について弁済をする責任を負っており,その弁済をすれば目的不動産の売却を免れ得るのであるから,目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるし,債務者による買受けを認めたとしても売却代金の配当等により被担保債権の全部が消滅しないのであれば,当該不動産について同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われ得るため,債務者に買受けの申出を認める必要性に乏しく,また,被担保債権の弁済を怠り,担保権を実行されるに至った債務者については,代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いと考えられることによるものと解される。

しかし,担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け,同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合には,当該債務者の相続人は被担保債権を弁済する責任を負わず,債権者がその強制的実現を図ることもできなくなるから,上記相続人に対して目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるとはいえないし,上記相続人に買受けを認めたとしても同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われることはなく,上記相続人に買受けの申出を認める必要性に乏しいとはいえない。また,上記相続人については,代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いとも考えられない。

そうすると,上記の場合,上記相続人は,法188条において準用する法68条にいう「債務者」に当たらないと解するのが相当である。

4 以上と異なる見解に立って,抗告人につき法188条において準用する法71条2号に掲げる売却不許可事由があるとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そこで,原々決定を取り消した上,その他の売却不許可事由の有無につき審理を尽くさせるため,本件を原々審に差し戻すこととする。

 

In a foreclosure auction of collateralized real estate, the debtor is not allowed to make a purchase offer. This is because in the foreclosure auction of collateralized real estate, the debtor is responsible for repaying the entire secured debt that forms the basis of the auction. If the debtor repays, they can avoid the sale of the property in question. Therefore, they should prioritize repayment of the secured debt over purchasing the property. Even if the debtor is allowed to buy the property, if the entire secured debt is not extinguished by the distribution of the sale proceeds, another forced auction can be initiated by the creditor of the same debt. Therefore, there is little need to allow the debtor to make a purchase offer. Furthermore, it is generally believed that there is a high risk that debtors who have failed to repay their secured debt and have faced foreclosure will obstruct the auction process by not paying the purchase price.

However, if the debtor of the foreclosure auction is declared bankrupt and given a discharge, and the secured debt that forms the basis of the auction is affected by the discharge decision, then the debtor's heirs are not responsible for repaying the secured debt. Creditors can't enforce repayment either. Therefore, it can't be said that the heirs should prioritize repayment of the secured debt over purchasing the property. Even if the heirs are allowed to purchase, another forced auction initiated by the creditor of the same debt will not occur. There is a need to allow the heirs to make a purchase offer. Moreover, it's unlikely that these heirs pose a typical high risk of obstructing the auction process by not paying the purchase price.

Given the above, in such a case, it would be appropriate to interpret that the aforementioned heirs do not fall under the definition of "debtor" as mentioned in Article 68 of the Civil Execution Law, which is applied mutatis mutandis in Article 188 of the same law.

 

弁護士中山知行